「生活していたんだったら、オランダ語も出来るようになったでしょ?」と人には聞かれます。答えはまるっきり否。オランダというのはそのほとんどの人が英語を話せます。オランダ語を話せなくてもなんとかなってしまうのです。
この辺の事情をhttp://bijenkorf.cocolog-nifty.com/spelen/2004/02/post_4.htmlで見つけましたのでご参考までに。
ましてや主人も仕事場では外国人ばかりで、オランダ語よりも英語が共通語である環境。私の方ももともと英語コンプレックスだったせいで「英語でさえおぼつかないのに、さらにもう一つ言語を加えるなんて!!」という有様で、これが4年も5年も住むというのなら腹もくくったのでしょうが、2年というのではなかなか。でも、今にして思えば、せっかくの体験。オランダの懐に飛び込んでしまえばよかったなあと反省もしているのです。言葉が出来ればもっと交友関係が広がったでしょうし、実際、失敗や困ったことも結構あったのです。
一番困ったのは手紙でした。政府からの公式の文書は当然オランダ語です。日本でもお役所の文書は難解な言葉で埋まっているものですが、オランダも違わないのか難しげな単語のオンパレードです。数日は夫婦共々「この手紙はなかったことにしよう」といった雰囲気でその辺の本棚の上に置いておくのですが、そこに何やら期限めいたものが書いてあるとさすがに不安になり辞書を片手に格闘。ところがオランダ語の文法が分かっていないと語尾変化がどうなっているのか分からず、単語を辞書で引くことができません。「ま、こんな感じかな」と適当に理解しようとしたりするわけです。
ある日「お知らせ」が届きました。何やら「ガス」という単語があります。「メーター」という単語もあります。日にちが書いてあったことで私は「この日にガスのメーターの検針が来るのねー」と理解しました。まるでパズルです。
当日はよそのお宅に行く予定だったのですが、急遽「うちに居ないとだめなのー」と、我が家集合に換えてもらいました。みんなに食べてもらうお食事も仕上げを残すだけにし、約束の時間。でもメーターの検針の人は現れません。「食べちゃいましょう」とガスの火をつけようとしたら・・火がつかない。あれっあれっ。なんどつまみを回しても火はつきません。この辺で嫌な予感がし、「あのう、こんなのが来たんだけど」。友人に手紙を見せたらため息混じりに言われました。「これ、ガスがこの時間に止まるって書いてある」
それ以来、公式文書は主人に職場に持っていってもらい、オランダ語を数ヶ月でマスターしたドイツ人の女性に訳して頂くことになりました。おかげで娘の育児手当などもしっかり受け取ることが出来たので感謝しています。車のスピード違反で罰金の請求が来たときには「分からなかった」としらばっくれようかと思いましたが。
スーパーでの買い物は人と話す必要がないので気が楽ですが、売っている製品はオランダ製、もしくは他国の製品にオランダ語の解説が貼り付けてあるものがほとんどです。運良く英語も併記されていればなんとか理解できますし、ましてや中国語もあればその漢字とでほぼ意味が予想できます。ですが、そういった例は希です。常日頃山勘でなんとかしていましたが、ある日、色柄もの用の漂白剤を探し求め、洗剤の前で考え込んでいました。だいたいそんなものがオランダにも存在するのかさえ分かりません。でも、子供がいれば洋服なんて汚れるのがあたりまえですし、ただの洗剤だけではもう落ちないほどに汚れたトレーナーをなんとかしたいのです。棚の中に見つけた箱には「Colour」という文字が含まれています。さすがに不安だったので、そのへんにいた店員さんをつかまえて「これは色柄ものに使うんですよね?」と尋ねました。男性の店員さんはこくんとうなずきます。そうか、オランダにもあるんだ。と、気をよくして買って帰り、いざ漂白。**リットルの水に粉を一袋・・というのはなんとかオランダ語でも分かります。でも、何やら水が妙に青い。ここにトレーナーを入れて・・・。数十分後、娘のトレーナーは真っ青に染まっていました。そう、それは染料だったのでした。
失敗を重ねても私はとうとうオランダ語教室には通いませんでした。だからといってまるっきり何もしなかったわけでもありません。便不便ということではなく、少しでもオランダの人とよいコミュニケーションを取りたくなったからです。「これを、**グラム下さい」。週に2回は通っているチーズ店のおじさんにオランダ語で話してみたくなったのでした。英語で話す私にもおじさんは優しく接してくれましたが、何かが足りない気がしてきていました。実際、パン屋のバイトのおねーちゃんに「これをone、これをtwo」と話したとき、仏頂面でいちいち「een、twee」とオランダ語に直されたことがあります。私が一生懸命オランダ語を話したらおじさんはどんな顔をしてくれるでしょう。
オランダ語会話の本を読み、単語をいくつか覚えて、それでもくじけて話せない日が続いた後、ようやくある日チーズ店のおじさんに向かってオランダ語を話しました。おじさんは文字通り破顔一笑。そして「こういう風に言うんだよ」と即席のオランダ語講座を開いてくれたのでした。
その日以来、私は怪しげなオランダ語の単語を二つ三つ並べてチーズを買うようになり、ヨーロッパの他の町に旅行で訪れるときにも、必ず簡単なセンテンスを覚えるようになったのです。いかにもアジア人種の私がどんなに下手な言葉で話しても眉をしかめられることは決してなく、皆一様にうれしそうに、一生懸命耳を傾けてくれるのはとてもうれしい体験でした。旅慣れている人にはなんということもないことかもしれませんが、英語と聞くだけでおびえていた私にとっては結構価値観を変える出来事だったのです。
結局オランダ語はものになりませんでしたが、何かが私の中に残ったという気がしています。それも実は外国語への抵抗感が薄まったと言うことだけではなかったようなのです。帰国後に通っている英会話スクールでの先生の一言です。インドネシアに住み、オランダから移住した人々と会話を交わしていた先生が言ったのでした。「あなたの英語はなんとなくオランダ語訛りの気がする」と。そんなことって本当にあるのでしょうか? 毎日オランダ語の音楽番組を見ていたせいで耳が慣れてしまったのでしょうか?
オランダ人の話す英語を聞いていたからかもしれませんが、言葉って奧が深いですね。