海外に住んでいて一番の不安は体調を崩したときのことではないでしょうか? 「医療レベルは日本と比べてどうなんだろう?」「ドクターにきちんと症状を伝えられるかな?」「薬は日本人の身体に合うの?」等々不安はつきませんね。ましてや子連れとなれば予防接種のことも含め分からないことがいっぱい。心配しだしたらきりがありません。我が娘の場合、オランダに行くのは3歳の時でほとんどの予防接種が済んでいると安心していたのですが、念のため調べてみたところポリオの予防接種を追加で受けたほうがよいということが分かりました。日本では集団接種の2回だけ行われているのですが、世界には3回受ける国が多いのだそうです。また特にオランダでは宗教上の理由から予防接種を受けない団体があり、ポリオが流行したことがあるとのこと。結局娘には二回の追加接種を受けさせました。私自身も、「ヨーロッパに行くなら念のため破傷風の予防接種を受けておけば?」とアドバイスされました。改めて病気というのは地域性があるのだと感じます。
病気への考え方も地域により違います。例えば水疱瘡について。日本では水疱瘡になると当然出席停止になり全ての発疹がかさぶたになるまで学校に行けませんが、オランダでは熱が出ない限り出席してかまわないようです。真っ赤な発疹だらけの顔で出てくるのには驚かされます。それだけ「たいした病気ではない」と考えられているようで、日本では任意で受けることのできる予防接種もオランダには存在しないそうです。もっとも、私の見る限りオランダの水疱瘡は日本のものよりも発疹が小さくて軽く見えます。そういったことも関係あるのかもしれません。ちなみに娘の通っていたアメリカンスクールでは日本と同じスタンスを取っていました。アメリカでも水疱瘡の予防接種は受けることができるそうです。
それぞれの病気への考え方が違うのですから、医療への考え方も違って当然です。少しの病気でもどんどん抗生剤を投与して治療する国がある反面、なるべく自然治癒力に任せる国もあります。オランダは圧倒的に後者です。滅多なことでは抗生剤は処方してもらえません。私たちの頭の中には「病院は薬を処方してくれるところ」という思いこみがありましたから、薬をくれない病院に用はないとばかりに、ほとんど病院には行きませんでした。貧乏学生時代に愛用していた「民間療法の手引き」をひっぱりだしてきたり、日本から持って行った薬を大事に大事に服用したり。それでも娘に関しては病院のお世話にならないわけにはいきませんでした。
オランダではかかりつけ医制度が徹底しています。まずは一般医が病気のいかんに関わらず診察し、必要な専門医に紹介する方法をとっているのです。オランダに滞在したらまずはこのかかりつけ医の登録をしなければいけません。目の病気だと分かっているのにまずはかかりつけ医のところへ行かなければならない・・という煩わしさがある反面、大病院に患者が集中するということを避けることができます。日本もある程度見習うべき点があるのではないでしょうか? 日本にも実は「認定医」や「専門医」の制度があるのですから、一般医と区別して扱えばよいのではないかと思うのですが、それは色々な方々の思惑があってなかなか実現が難しいようです。
で、かかりつけ医に登録しても病気でなければ顔を合わせることはないのですが、娘は当時まだ3歳だったので健康診査を受けがてら家族でご挨拶に伺うことにしました。
まずは診察の予約。電話で都合のよい時間を伝えます。そして地図を片手に病院にたどり着いてみれば、「**クリニック」という大きな看板があるわけでもなく、デーンという他を威圧するような住居兼医院でもなく、ごくごく一般の家しかありません。が、郵便受けには確かに聞いてあるドクターの名前が書いてあります。おそるおそるベルを押すとブーよいうブザー音(これは日本のオートロックと同じで、このブザー音のなっている間だけロックが外れることになっています)。中に入ると、やはり普通の家で、廊下の先には台所が見えています。きょろきょろと見回してみましたがどうも二階の方に人の気配がするので階段を登ることにしました。
階段を登ったところにドアの開いた部屋があります。そうっと覗くと、大きな机の奥に女性が座っていました。「あ、あの、予約をした・・」としどろもどろになって話しかけると女性はにっこり笑って、「ああ、それならあちらの部屋で待っていてください」。あの、名前もまだ言ってないんですけど。まあ、でも言われたとおりの部屋に入って待つことにします。部屋には既に数人の子供連れがおり、奥においてあるおもちゃで遊んでいる子もいます。娘も当然のように遊び始めました。ぐるっと部屋を見回すと、ここではじめて病院に来たという実感がわきました。病気の予防のパンフレット、ポスターなど、日本で見かけるものと似通っています。違うのは人を呼ぶ声がしないことでした。
待合室と廊下で結ばれた先にあるのが診察室のようでした。日本のようにカーテンだけで仕切られているのとは違って、中の声は一切聞こえてきません。それでも待合室から患者が出て行くのはよく見えます。一組患者が出て行くと、待合室の一組が周りに目礼して診察室へ向かうのです。順番は先に来ていた人からという暗黙のルール。お互いが常識ある大人でなければ成り立ちません。だから、人を呼ぶ声がしないのです。しばらく待つと、自分たちの番が回ってきました。やはり周りに軽く挨拶をして診察室に入ります。
診察室の中は広く、沢山の本棚があって、書斎という感じでした。立派な机の向こうにはドクターとおぼしき女性が白衣も着ずに座っています。私たちの名前を呼んで確認すると立ち上がり、握手を求められました。「は、初めまして」。健康診断に来た旨を告げると、診察室から続きになっている別室に行くよう促されました。こちらはよく見る診察用のベッドや医療器具がおいてあり、日本の診察室とほとんど同じです。身長、体重を計り、私があらかじめ作っておいた英語版母子手帳に記入してくれて、診察はおしまい。
この後、再度診察が必要なら先ほどの別室の女性に言って予約を取ります。
その後も娘は乾燥肌がひどくなったりして、何度かこの女性のドクターにお世話になりました。いつも握手から診察が始まる点は変わらず、英語が不慣れな私のために薬の処方の仕方などをノートに書いてくれ、非常に助かりました。学校への進学について聞いてみたときも、本業と関係ないにもかかわらず、どこに尋ねればよいのか連絡先を教えてくれました。予約制で、一人の患者にゆったりと時間をかけられるからこその余裕だったのでしょう。
この辺は日本も見習って欲しい限りですが、もちろんオランダの病院が万能なわけではなく、困ったこともあります。自然治癒力に任せる・・というと崇高な理念のように感じますが、現に子供が風邪をこじらせて気管支炎を起こしていれば、なんとか抗生剤で治してあげたいと思うものです。また、処方された薬も日本人には強すぎる場合が多く、加減して服用しなければいけません。日本の育児書などに「自己判断で薬を加減するのはやめましょう」などと書いてありますが、そんなこと言っていられないわけです。
日本での考え方をそのまま海外まで引きずるのはナンセンスでしょうが、かといって日本での経験がある以上他国のやり方をそのまま受け入れるのもなかなか難しいものです。その割り切り具合で、ストレスの感じ方が違ってくるのでしょうね。
(2003年2月21日記)