2004年04月08日

子供にとっての言葉

セミリンガルという言葉をご存じでしょうか? 幼少のうちに複数の言語に触れることによって、そのどれも確実に身につけることが出来ずに言語的に混乱した状態を指します。2年のオランダ滞在を終え、5歳で帰国したばかりの娘にはその傾向がありました。それに気づいたのは帰国後間もなくの頃です。周りの子供達が先生の言葉に即座に反応しているときに、娘は反芻して意味を考え、ようやく理解するという作業をしているようなのでした。使いこなす単語の数も微妙に少なく、誰かに何かを伝えるのがもどかしそうです。もちろん、性格がのんびりしているという面もあったでしょうが、これから始まる学校生活を思うと少しばかり心配しました。

3歳から7,8歳ぐらいまでは言語形成の大切な時期です。言葉というのは人とコミュニケーションをとるという役目ばかりでなく、物事を考える基礎になる部分ですから、非常に重要な分野だと言えるでしょう。その基本となる日本語を意識して身につけさせるべきだったなと反省もしています。ただ、インターナショナルスクールではまったくわけの分からない英語環境の中に突然放り込まれたのですから、親にしてみればこれに慣れてもらうのが精一杯で、とてもそこまで手が回りませんでした。

インターナショナル登校初日。遊び相手にも事欠く状況が一年続いていた娘は、大喜びででかけました。たまたま水疱瘡が流行してクラスのほとんどの子供達が欠席という状態もあり、少人数で仲良く遊んでいたようです。が、数日経ち、子供達が学校に戻ってきて大人数(それでも十数人に先生二人という日本から見れば手厚い状態)になると、周りの子供達と自分が何一つ会話が出来ず、先生の言うことも全然分からないという状況に気づき、パニックを起こしてしまいました。とにかく「学校に行きたくない」というのです。娘はもともと親の私といるよりも友達と遊んだ方がいいという子供でしたから、以前からこういった集団の中に入っていくのには問題なかったと言えます。やはり言葉の問題が大きいのでしょう。「だって、先生が何言っているかわからない」と泣くのです。

こういった時の反応は本当に子供によって様々で一概には言えないのですが、神経質な子供ほど拒否反応が強いようです。どうせ遊び中心の幼稚園なのだから、おおらかに構えて先生の雰囲気やみんなの態度からなんとなく意味をつかめばよいものを、娘はどうもそういうあいまいなことが許せないらしいのです。泣き続けるせいで結局学校に行くなり一緒に帰宅しなければ行けなかったり、すぐに学校から呼び出しがあったり。いかにも登園拒否児という状況が続きました。が、結局、少々泣いても先生に預けたあとはそのまま放って帰るという方法に落ち着き、そうなってからはしぶしぶではありますが学校に行くようになりました。

つらそうにしていた娘がふっきれたのは「**が私をぶった」「**が悪い」という言葉を知った時だったというのが、子供の社会を象徴しているかもしれません。娘が先生に伝えたくても伝えられなくてつらかったのは、こういうことだったのですね。嫌だと思ったことを先生に伝えられるようになったことで、娘はようやく明るさを取り戻したのです。

それでも、娘の頑固さにはほとほと手を焼きました。完璧主義がたたってなかなか英語を口にしようとしないのです。子供達の中にはなんとか相手に伝えようとめちゃくちゃにでも英語の単語を並べ立てる場合もあって、そういうタイプの子はほんの数週間で話し出すのですが、娘はというと「は?」と聞き返されるのがプライドを傷つけられるらしく、ようやくそろりそろりと文章を話し出したのは半年以上も通った後でした。その代わりその文章は文法的にも案外当たっていて(もちろん、間違いもあります)、半年の間じっと皆の言葉を聞いていたんだなと思わされました。思い出してみれば、小さいときに言葉を話し始めたのも結構遅めでした。子供によって言語の習得の仕方は違うのだなと改めて思います。

そうやって苦労して、ようやく友達との会話も出来るようになり、学校での緊張した顔が少しずつゆるんできた頃帰国。娘は大喜びで日本の幼稚園へ。「楽しい、楽しい」の毎日です。「だって、みんな日本語なんだよ」と言われたときはほっとすると同時に切ない気持ちになりました。今インターナショナルに通っていた時の行事などの写真を見ると、ほとんど笑顔がないことに気づかれます。親の都合でかわいそうな思いをさせてしまったのかなと悲しくなってしまいます。もう少し長く過ごせれば印象も変わったのでしょうが・・。

ただ、帰国後すぐは「つらい思い出」だったインターナショナルスクールも、今となってはなつかしい思いでいっぱいのようです。あそこには日本にはない自由さがありました。彼女自身、今の学校生活にないその空気を、「あそこはこんな風によかったな」と思えるようになったようです。また、あんなにコンプレックスを抱いていた英語も、日本に帰ってみれば当然みんなよりも得意なわけで、少しは自信がついたことも影響しているのかもしれません

帰国した直後は、あれだけ苦労して身につけた英語を維持させたいという思いはあったものの、とりあえずは一年後の学校生活に向けて日本語の遅れを取り戻さなければと、親は少々あせっていました。だからといって即効薬があるわけでもなく、結局は日本の幼稚園生活の中でなんとか遅れを取り戻していったようでした。字への興味など、日本にいる子供達は町中の看板などから自然に沸いてくるものですが、オランダではそういった環境にありません。日本の幼稚園には手紙をやりとりするお子さんなどがいるので、遅まきながら影響を受けたのはありがたかったと思います。
帰国後二年経って、ほぼ日本語の遅れは取り戻せたようです。親からみればまだまだ足りない部分もあるのですが、こうなるとそれがオランダで暮らしたせいなのか、もともとの素質なのかはっきりしませんし。

もちろん、これらのことは海外で生活するお子さんみんなに言えることではないでしょう。皆が皆セミリンガルというわけではありません。立派にバイリンガルに育っているお子さんもいます。ただ、環境が環境ですから、親が気をつけてあげないと日本語をきちんと習得できない可能性があるのではないでしょうか?たとえ一時海外で過ごしたとしても、日本人として生きていくからには日本語で物事を考えられるように育ててあげるべきではないかと私は思うのです。

最近はお子さんに英語を習わせることが増えました。「これからの時代、英語ぐらいはできないと」という理由が大半のようです。実際、私も痛感しています。英語を目的ではなく、手段として使いこなせるようでないと、様々な場面で苦労しそうです。娘にも英語は流ちょうに話せるようになってくれればと願ってしまいますが、一年間みっちり英語の環境にいたのにペラペラになったわけではないことを考えると、週に一度通ったぐらいで多くを望むのは無理である気がします。だからといって、無駄だとも思いません。娘の発音は親の私から見ても素晴らしいですし、娘によると私の英語は「英語ではない」そう。子供のうちから本来の英語の発音を耳に入れるのは、やはり英語習得の大切なポイントである気がします。楽しく英語に接して、外国人ともコミュニケーションをとれる良さを知ってくれたら、今後につながっていくのではないでしょうか。決して日本語をおざなりにして、単語をつめこめばいいというものではないと思います。

ちなみにうちの娘は、この二年の間に通った英語学校で語彙力は伸びましたが、コミュニケーション能力は落ちてしまっているようです。日本で生活しているのですから、それはいたしかたありません。それでも、オランダからの帰りにフロリダのWDWで出会ったアメリカ人の女の子と友達になったことが、大切な思い出になっているようです。「英語なんか嫌だ」と言いつつ、あのとき友達になれたのは自分がほんの少しでも英語が出来たからだという思いは残っており、「英語が出来るって悪くないかも」などと思っているようで、この記憶が成長しても残っていてくれれば上出来! ですよ。多分。


(2003/4/25記)

追記
ビアンカさんの記事で子供の言葉について書かれていましたので、参考のためにトラックバックさせていただきました。ビアンカさんの場合は国際結婚をされていますので我が家とは状況が違いますが、なかなか考えさせられます。
posted by Kako at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 育児
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