二年のオランダ滞在を終えて日本に本帰国した時、日本語環境の安心感に浸ったのもつかの間、気付いたのは日本の子育ての息苦しさでした。日本にいると、どうして他人と比べたくなるのでしょう。「個性を大切に」という言葉が声高に叫ばれながら、みんなと同じでなければという強迫観念に追い立てられてしまうのは何故なのでしょう。
幼稚園に通う頃から制服に身を包み、細かにサイズの決められたカバン(何故だか手作りを強要する幼稚園まであります)を持って、みんな一緒・・。規律を守ることを学ぶのも大切なのかもしれませんが、本当にそこまでする必要があるのかと、オランダでの生活を経験した身には思えてしまいます。何より、異質な物を排除しようとする意識が育つのではないのかと危険な気すらします。
実際、私が子供の頃、転校を繰り返す度、前の学校で来ていた体操着を数日間着なければいけないのが苦痛でたまりませんでした。他の学年の子から「あ、転校生だ」という奇異の目で見られるのはともかく、「まだこの学校の体操服じゃないのかよ」などということを言ってくる子が、どこの学校にも必ずいるのです。日本の学校ではみんなと同じでないことはあきらかに「罪」だと思わされてしまうのでした。
欧米は自己責任の社会です。「自分の身は自分で守る」という考えと同様、全て本人、あるいは親が判断して決めます。当然、それぞれがてんでばらばら。子供達はそこで様々な価値観が存在することも学ぶのです。
以前にお話ししたように、オランダではプレスクールとして約一年ほど学校に通った後、5歳になった9月に本格的に入学するのですが、それを決めるのは基本的に親です。先生からはアドバイスがありますが、それを参考に進学するか否か親が決定するようです。友人の中に、同級生のお母さんから「うちの子はもう一年プレスクールに通ってから進学させるわ」と言われて驚いたという人がいます。「どうして?」と聞くと、「だってうちの子はまだ勉強より遊ぶのが好きだから」とにっこり笑うのだそうです。それを認めてくれる学校もすごいと思いますが、「みんなと一緒に進学させなければ」と思わずに、子供の様子から決定しようとする姿勢が日本人には真似できそうにありません。養護学校への入学なども同様らしく、日本のように就学前検診で指摘されるわけではなく、親が自分の子供にとってどの学校に行くのが一番幸せなのかという視点で判断するのだそうです。
日本で感じる「合わせなければ」という強迫観念は、親自身のあり方にも向けられてはいないでしょうか。「ママであること」にも書きましたが、「よい母親とは」という価値観に縛られている日本人の母親は少なくないような気がします。上手にカバンを縫い上げる母親だけが偉いのでしょうか。時間をかけてかわいらしいお弁当を作る母親だけが素晴らしいのでしょうか。もちろん、それらが出来る「お母さん」もいるでしょうし、それはそれで素敵なことだと思います。でも、欧米ではちょっとニュアンスが違ってきます。あくまで「洋裁の得意な人」「料理の得意な人」ということなのです。
「出来る人、やりたい人がやればいい」という考え方はそのままボランティア精神にもあてはまっていきます。学校やクラスの運営を手伝うお母さんは「自分の持つスキルを提供する」というところが出発点なのです。「卒業するまでに一回はやるのがノルマ」とか、「役員の方に仕事を全ておまかせしておく」などと考えてしまう日本人とはちょっと違います。まあ、このボランティア精神に期待しながら全てが円滑に運ぶようにするのには色々努力も必要になるので難しい面もあるのですが。
精神的な問題だけでなく、物理面でももっとオランダに見習いたいところは沢山あります。駅のエレベーター設置や道路の歩道の充実、段差の解消など。日本でさんざん指摘されながらなかなか改善されないのは何故なのでしょうか。土地がないというのが大きな理由なのかもしれませんが、せっかく払っている税金を、無意味な箱物でなくこういったところに使えないものでしょうか。政治家の皆さんは、いつも立派な黒塗りの車に乗っていらっしゃるので気付かないのかもしれません。
オランダにあった有料児童公園も、日本にもあっったらいいなと思います。利用料が一回50円ほどですが、管理人がいて清掃や遊具の点検をしてくれますし、不審者が入り込むことがないので安心して子供だけで遊ばせられます。以前のように治安のよかった日本なら問題ないでしょうが、これからはこういった場所も必要になってくるのではないでしょうか。
もっとも、最近では公共施設に託児施設が併設されたり、デパートなどには授乳室やおむつ替えシート付きトイレがあるのが当たり前になり、子供連れでも外出が楽になりました。ただ、まだそういう文化が育っていないせいなのか、マナーの悪い親子も多く、それが原因で「子連れで出歩くな」と口にする方も多くいます。一部の心ない人のせいで沢山の子連れママ(あるいは子連れパパ)が煙たがれないよう、公共のマナーには気をつけて欲しいと思ってしまいます。せめて、レストランなどでは騒がないよう、きちんとしつけたうえで外出したいものです(それこそ欧米人を見習って)。
だからといって、するべき「しつけ」もその文化によって違い、普遍的ではありません。例えば、日本人なら当たり前のように教えられる「外から帰ったら手を洗う」とか「立ったまま食事をしない」などが、オランダではあまり言われていないわけですから。「こうしなければ」という思いこみも、場所が変われば無意味になってしまう場合があるわけです。そういった違いなども世の中にあるということ、そしてそれをお互いに尊重しなければいけないこと、などは子供に伝えておきたいことの一つであるように思います。
日本の子育ての窮屈さも、結局は人の意見を尊重することが難しいところからきているのかもしれません。もしかすると、人の意見を尊重するほどには自分の考えに自信がないのかもしれません。
また、尊重すると言うことと無関心とが最近の日本では混同されがちのような気もします。人の目を気にしながら、それでいて適切なアドバイスをもらえないという孤独な状況の人も少なくないのではないでしょうか。
もっと大らかに子育てできて、もっと楽しく感じるようになるのにはどうしたらいいのでしょうか。私も自問自答の日々です。
(2003年5月9日記)