2004年04月23日

心の内に潜むもの

オランダで暮らし始めて間もなく、ご近所に住む日本人の方からホームドクターを紹介してもらいました。「英語が通じる人がいいな」「やさしい人ならなお結構」などと思っていたのですが、その紹介してくれた方が言いました。「日本人への差別意識がない人だそうだから、安心できますよ」と。そのとき初めて、私たち日本人が差別を受けるかもしれない人種なのだということに気付いたのでした。オランダには沢山の人種が暮らしています。初めてオランダを訪れた方は、アムステルダムの繁華街を歩く人々の多様性に、少し驚くかもしれません。ヨーロッパ内は言うに及ばず、アフリカ、中東、植民地だったインドネシアなどからの移民、華僑、そしてビジネスを展開する各国からの駐在員・・。もともと商業で成り立っていた国だけに、基本的に他の文化を受け入れ易く、何事にも寛容な国民性がこれだけの人種のるつぼを形成したのだと思われます。
他国で被差別の対象となりやすい人種であっても、ホワイトカラーとして仕事していることはオランダでは珍しいことではありません。スーパーには様々な食習慣を持つ人々に配慮されてなのか、ありとあらゆる種類の食材が売られていますし、当然、商店や公共の乗り物が人種毎に分けられているようなことはありません。

だからといって差別がまるっきりないとは言い切れないのが悲しいところです。実のところ、地域によって住む人種は変わり、治安の悪い地帯も存在するのです。日本にいるとほとんど感じることはないのですが、ヨーロッパには階層というものが確かに存在して、その階層から抜け出した行動パターンはなかなかとれないようになっています。生まれたときからレールがある程度決まっていると言っても過言ではないようです。オランダでもヨーロッパの他の国々ほどではないにしても、そういう部分があるかもしれません。ただ、これはバックグラウンドの同じもの同士が側に居る方が何かと便利だという理由もあるでしょう。問題なのは、差別がはっきりと現れ出ることでなくて、心の中に巣くっている場合でしょう。

オランダで暮らす日本人のほとんどは会社の駐在員とその家族ですから、現地ではかなりの富裕層です。それでも、お金を持っているか否かとステイタスの上下は、ヨーロッパの場合あまり関係がありません。友人の中には、あきらかに自分に対してだけ態度が変わる扱いを受けたという人がいます。これは私も思い当たるフシがないわけではありません。郵便局などで、どうも鼻で笑われているような気がするときがありました。「**が欲しいのだけれど」という私の問いに「そんなもん、ねえよ」という雰囲気でせせら笑われたのです。幸か不幸か私はオランダ語が分かりませんからそんなに気にならないのですが、オランダ語にも敬語に似て相手を敬う単語はあるらしく、自分に対して相手がどう思っているかというのをある程度知ることが出来るようです。そうなると、ちょっと悲しい気持ちにさせられることがあるのだそうです。ただ自分が日本人だというだけで馬鹿にされるのは、驚きですらあります。

これはオランダの問題だけではないでしょう。私たち日本人は同じ日本人の中で明確な階層が存在しない代わりに、外国人に対して非常に選別する意識があるといえます。白人であればどんなに素行が悪い人であってもなんとなく劣等感にさいなまれ、アジアの人たちに対してはその人が例えその国を代表するエリートであっても優越感を持って見下す部分はないでしょうか? なんの根拠もなく。

人はどうして人を差別するのでしょう。自分が優位に立つことで満足感を得るからなのではないでしょうか? これはあくまで私個人の考えですが、強烈に誰かを差別する意識のある人は、それだけ強いコンプレックスを抱いている人だと思えてなりません。

私たちの心の中には闇の部分が巣くっています。自分が差別受ける側に回らなければそのことに気付かないほど、人間は自分勝手なのかもしれません。

今日はちょっとオランダの話題からは逸れてしまいました・・・。

(2003/8/1記)
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