一方で、祖母は田舎の人で相当に古い考えの持ち主ですから、福祉サービスを利用したり、ましてや施設に入るなどと言うことを恥だと考えています。二人の生活は端で見ていて不安に感じることばかり。解決方法はなかなか見つかりません。
一方、オランダで暮らしていたアパートには独居老人の方が二人いらっしゃいました。お二人ともかなりの高齢であったと思います。
二階下のおじいさんは足腰が弱そうなものの車で行動されており、ズボンのポケットには落ちないように鎖のついた家と車の鍵が必ずついていました。
もう一人のおばあさんは私たちのすぐ下にお住まいで、オランダ語しか話せず、しかも少し痴呆が進んでいたようで意志の疎通がほとんどとれない状態でした。一度などは夜の12時頃いきなり裸足のままで我が家のドアをノックしてきて、ドアを開けるなりオランダ語でおしゃべりを始めたことがありました。私たちは何が何やらわけがわからなかったのですが、要するに鍵を持たぬまま外にでてしまい、閉め出されてしまったようなのでした。困ったと深刻な顔をするでもなく、身振り手振りで伝えようとするわけでもないので、理解するのには随分時間がかかりました。身内に電話するように促しても覚えていないのか首を振るばかり。結局はお隣に住むオランダ人女性に応援を頼むことになってしまいました。
そんな状態で一人暮らしなんて出来るの? という感じなのですが、日中は娘さんなのかヘルパーさんなのかずっと居てお食事の用意や掃除などをしてくれていたので、なんとかなっていたようです。それでも夜は一人きりになるわけで、そんな状態でも子供が同居するという考えがないというのが、日本人から見ると不思議に思えてしまいます。
オランダでは子供が独立した後親を引き取って同居する例はあまりないようです。年取って足腰が弱くなったら、それまで住んでいたテラスハウスを出て階段のないアパートメントに移り、福祉サービスなどを受けながらぎりぎりまで自立した生活を続けます。もちろん、「あそこの子供は親を引き取らない親不孝者だ」などと陰口を言われることはありません。
それもいよいよ難しいとなったら施設に移ります。我が家のアパートのすぐそばにはそういった老人ホームがありました。日本も最近では状況が変わりましたが、少し前まで老人ホームといえば一般社会から隔離されたかのような郊外にあったものでした。それが、オランダでは、高級住宅街といわれるような所に建っているのです。つまり、子世帯が訪ねやすい所にあるわけです。それは、夕方になると分かります。仕事帰り、あるいは夕食後に訪ねてきた車で施設の前はごった返します。休日となれば朝から施設前の道路に車が沢山並ぶことになるのです。
周辺ではよく、車いすに乗った老人が散歩をしていました。子供や孫などに車いすを押してもらっている姿もよく見かけます。印象的だったのはそういったお年寄り達のお顔が皆幸せそうだということでした。何かが日本と違うのです。
日本では自宅介護を「美徳」だと政治家が言っていました。住み慣れた家にそのまま住んでいるということは確かに幸せでしょう。それでも誰か(ほとんどは嫁)が介護に疲れ、場合によっては家庭崩壊を起こしている例もあります。いがみ合ったり恨みながら一緒に住むことがよいのでしょうか。オランダのように他人にその介護を委ね、その代わり笑顔で会えることの方がずっと幸せではないのかと、オランダのお年寄りを見ていると思ってしまいます。
日本人が老人性痴呆になったとき、よくある行動の一つに「お金がなくなった。誰かに盗まれた」と騒ぐというのがあります。これは北欧の国ではあまり見られない現象なのだそうです。福祉の行き届いている国々では老後の生活の心配がありません。不安がなければ、それが表にでることがないのです。
もちろん、福祉を充実させるためには財源が必要です。それは重税になって跳ね返ってきます。オランダに住んで、給与の半分以上が税金に持って行かれるとさすがにショックです。福祉によりかかって勤労意欲に欠ける面もあるようです。この辺はなかなか難しい問題です。
私たちが年取った頃、日本社会はどんな風に変化しているのでしょうか? 年金はきちんともらえるのでしょうか? 一人っ子しかいない我が家は、不安だらけです。
いえ、当面、私の祖父母はどうしたらいいのでしょう。たった今の問題すら、解決は容易ではありません。政治家の先生方、海外視察をというなら、オランダの老人ホームを見、お年寄り達の表情の意味を考えて欲しいものです。
(2003/9/12記)