まあ、芋煮を秋の風物詩と考える人はそう多くないでしょうから、話を体育の日に戻しましょう。この体育の日の前後はあちらこちらで運動会が行われ、子供達の歓声が聞こえてきます。日本にとって秋は湿度の低いとても過ごしやすい季節ですから、外で運動するのにはもってこいなわけです。海外でも似たような行事はあるのでしょうか?運動がらみで言えば、オランダには夏に有名な「歩け歩け大会」があります。都市により微妙な違いがあるようですが、ただひたすら皆で決められたコースを歩く、ということに変わりはないようです。別に早さを競う物ではないらしく、歩くことそのものを楽しむのだそうで、沿道には何故か水筒代わりのキュウリの輪切りが置かれていたりします(オランダのキュウリは日本のものよりもずっと太く、水分がたっぷり含まれているイメージがあります)。残念ながら私は参加しませんでしたが、日本人学校などは全校上げて参加するようです。
アメリカンスクールでは、毎年行われるような運動会はありませんでした。ただ、夏休みを目前に控えた頃、突然レターが配られました。「今年行われるオリンピックにちなみ、*日をオリンピックデーとしてスポーツの祭典をやります。どうぞ、ご父兄の方々も見にいらして下さい」突然行事を思いつく辺りが、アメリカンスクールならではです。
このレターで、私たち日本人は「運動会だ!」と、大はりきり。ところが、その日が近づいても何も詳しい説明がありません。「父兄席はどこになるの?」「お弁当は家族で食べるの?」等々、疑問がどんどん湧いてきます。しびれを切らし、とうとうその前日、私たちは担任の先生に疑問をぶつけました。ところが、担任の先生の方こそ困惑しているのです。どうもお互いの意が伝わっていません。先生にしてみれば、逆に私たちが何を疑問に思っているのか分からないようなのでした。
そして迎えた当日。先生が困惑していた訳がわかりました。そのスポーツの祭典は運動会とは似ても似つかなかったのです。考えてみれば、個人主義のアメリカンスクールで、何学年もが一斉に一つの種目の応援をするわけがありません。学年毎に運動場のそれぞれの場所でにかけっこをしたり、障害物競走をしたり。その成績で予め分けていたチーム毎の点数の集計をするのでした。
「私たち、一体、何をぎゃーぎゃーと騒いでいたんだろうねえ」ため息をつきつつ子供達を見れば、案外運動そのものを楽しんでいる様子。ただ、応援合戦のようにチームが一体になるような機会もなければ、お遊戯のように練習の成果を出す場もないのはちょっと味気ない気もします。そうこうするうちにお日様が頭の上の方にあがってくると、子供達にばてた雰囲気が漂い始めました。
案の定、「子供達を休憩させます」と幼稚園児たちは校舎の中へ。私たち親も一緒に校舎に入りましたが、休憩時間が過ぎると今度は「やっぱりかなり疲れているようだから、今日はもうこれでおしまいにします」とのこと。ミニ運動会はあっという間に終わってしまったのでした。もっとも中学生や高校生達は終日スポーツに勤しんだらしく、勝ったチームにはメダルの授与もあり、ちょっとしたオリンピック気分は味わえたのです。
日本人学校の場合はアムステルダムとロッテルダム合同で運動会をやるのだそうです。ここで父兄はレジャーシートをトラックの外側に敷いて応援し、お弁当を家族で食べます。日本そのものの運動会です。当たり前の風景になっているこうした運動会が、実は日本ならではの風習だなどということは、海外に出てみなければ分からないことなのかもしれません。綱引き、玉入れ、借り物競走・・懐かしい心象風景は、これからも日本の子供達と共有していくことになるのでしょうか。行事が少なくなっている日本の学校の昨今、想い出は本来家族と紡いでいくべきではないかと思いつつ、無くなってしまって欲しくないものもあると、私は思うのです。
(2003年10月10日記)