乏しい知識を思い起こせば、カトリック教の宣教師達が布教目的で日本に現れたのに対し、オランダは交易目的。封建主義の江戸時代にあって将軍よりも偉い神をあがめる「宗教」を容認するわけにはいかず、かといって西洋の文化の重要性・有益性に目を背けることも出来ず、こういった変則的な方法でオランダとの取引を続けたのでした。
この間シーボルトを始めとする学者達が様々な知識を日本人に与え、日本人はそれをよく学びました。杉田玄白が訳した「解体新書」は、中学の社会のテストにはとてもよく出題されるため誰もがよく知っている本でしょう。
西洋のことを学ぶためにはオランダ語で書かれた書物を読まなければならず、当時の識者はオランダ語を習得したようです。おかげで外来語として日本に定着したオランダ語が数多くあります。ハムやランドセルなどもその一つです。「ビール」というのは和製英語で、「ビールを下さい」と言っても通じない・・とはよくガイド本に出てくる話ですが、この「ビール」。オランダ語なのです。オランダでは通じます(ちなみにドイツも同様です)。
オランダの技術を取り入れることが出来たことも日本にとっては大きかったことでしょう。特に目立つのはやはり治水事業でした。何しろオランダ人はあの国土を作り上げた人たちです。ただ、平坦で低い土地を海から守るのと、山の多い日本に水路を通すのとではかなり勝手が違うはずです。それでも難工事をオランダ人はやりとげ、日本人の信頼を得ました。私が小学校時代を過ごした福島県にはこうして作られた安積疎水があります。小学生の頃、遠足でそばを通る前に勉強した覚えがあります、
交易をしたのですから日本のものもオランダへと運ばれて行きました。オランダのデルフト焼きは白地に青い色の染め付けを行いますが、日本の伊万里焼が影響しているとも言われています。また、シーボルトは江戸幕府が禁止していた日本の地図なども収集しており、それが原因で日本を追われることになりました。その際に持ち帰ったおびただしい数の収集品は今でも大切にライデン大学内に所蔵されています。
こうして築いた蜜月も第二次世界大戦中には暗転しました。当時ヨーロッパ諸国はアジアに植民地を持っていたわけですが、オランダはインドネシアを領有しており、そこへ日本軍が侵攻したのです。戦いののち日本が勝利し、インドネシアに居たオランダ人達は捕虜となって収容され、一部は日本で強制労働をさせられました。以後日本が敗戦するとインドネシアも独立を果たし、インドネシアに住んでいたオランダ人のほとんどは本国に戻ったと言います。
この捕虜問題は今も尚尾を引いています。賠償を求める被害者に対し、日本政府はもう解決済みの問題であるとしているからです。国際規約上はどうあれ、月日がたっても心の傷が本当に癒せるものでもなく、まだ日本への痛切な思いを抱いた人がいるというのは動かしがたい事実です。実際、日本人を快く思わないオランダ人もいないわけではありません。私の友人の中には面と向かってののしられた人もいます。以前天皇陛下がオランダを訪問した際には卵を投げつけられるという事件もありました。このため2000年の訪問はかなりの警備が配置されています。こういった影の部分は、暮らしてみないとなかなか見えてきません。知らずに済むのならその方が良かったのかもしれないなどとも思います。
今、昔ほどには日本にとってオランダは重要なものではなくなってしまいました。郵便局で小包を出そうとすると「The Netherlandsってどこの国ですか?」と聞かれてしまいます。遠いヨーロッパの出来事はなかなかニュースにもなりません。
それでも長崎のハウステンボスは人気のテーマパークの一つとなって賑わっているところをみると、まだまだ日本にとってオランダは特別な存在なのでしょうか。そしてこれからもそう有り続けるのでしょうか。
のんびりした風車とチューリップの風景の残るところ。前衛的で他文化を受け入れる寛容なところ。オランダは様々な側面を持っています。このエッセイではそういったことを取り上げて書き続けてきました。書き終えてみると結構な量です。お付き合い下さった方に感謝しつつ、ここでこのエッセイの連載は終了します。オランダというところの雰囲気がほんの少しでもお伝えできていたのならよいのですが
尚、これからはオランダの話題に限らず、日常のこまごましたことをエッセイとして書き残していこうと思っています。もし良ろしければ「Kakoの手文庫」もよろしくお願いいたします。
びっくりしたのが”ビール”がオランダ語だってこと。僕があちらに行っていた当時、ぜんぜんオランダ語は話せなかったので、コミュニケーションは英語。毎日、ビールは飲んでましたけど、こちらは”ビール”は日本語だと思ってるので、当然"Beer"と発音します。すると相手も"Beer"となり、結局ビールという言葉自体使いませんでした。
そうか、ただビールといえば通じたのか・・・。
面白いもんですね。今頃知るなんて。
復活されていたのですね!
今日まで気付かずに来てしまい、大変失礼しました。復帰に祝いにビールで乾杯! と言う感じでしょうか。(遅すぎますが)
ビールは、私も実際にそう発音してみることはありませんでした。オランダ語はほとんど出来ませんでしたから、使うのは常に英語。英語で話している中でそこだけオランダ語を使うというわけにもいきませんしね。
私も日本に戻ってから知ったオランダのことは色々あります。そんなことがあるたび、またオランダで確認したいなあと思うのです。